映画専門家レビュー一覧

  • ゴッドランド GODLAND(2022)

    • 映画監督

      清原惟

      ふしぎな夢を見ているような感覚だった。寒い土地の話だけれども、画面の隅々までいつも光があたっているような、独特の色彩がうつくしい。厳密に計算して撮影されたフレーミング、芝居だと思うが、にもかかわらず人々の生活はまるで目の前で本当に繰り広げられているような説得力がある。傍観するようなカメラも、けっして突き放すわけでもなく寄り添うわけでもなく、この土地の匂いや湿度、そして時間そのものを捉えようとしているように感じ圧倒された。犬がとにかくかわいかった!

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      デンマーク人の若い牧師ルーカスがかつての植民地アイスランドの辺境の村へ教会を建てる命を受け、旅立つ前半は過酷な自然に脅かされる受難篇。後半は村の教会が完成するまでの牧歌的かつ不穏な日々が描かれる。ダゲレオタイプに想を得た村人たちの肖像写真が印象深いが、腐蝕する事物たちの定点観測は実験映画的だ。とりわけ二人の姉妹が室内で佇むシーンはその陰影の深さにおいてカール・ドライヤーに影響を与えた画家ヴィルヘルム・ハマスホイの人物画を想起させるすばらしさである。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      19世紀末、デンマーク統治下のアイスランドに派遣された若い牧師。教会を建て、布教するためだが、彼の理想と支配者側の傲慢さは厳しい自然に囲まれた現実の生活に押し潰されていく。旅を描いた前半部の目の眩むロケーション撮影と流れるような映像の絵画は、ヘルツォークを彷彿とさせるほど壮大で、同時にライカートやフォードの西部開拓劇、「ミッション」「沈黙」を思い出したが、神々を知覚させる自然環境の描写は、アイスランドの山々が人の営みを見下ろす「LAMB/ラム」をむしろ連想してもいた。

  • 美と殺戮のすべて

    • 文筆業

      奈々村久生

      アウトサイダーカルチャーのシーンと製薬会社の過失を記録した志の高さは認めるが、映像によって語る行為において、自分が映画という表現に求めるものとは異なると言わざるを得ない。メインの被写体であるナン・ゴールディンの写真がスライドショー形式で上映されるのを彷彿とさせるような画づくりは、テーマありきで構成され、ビジュアルや言葉はそれを裏づける資料として機能する。ゴールディンの実像もその筋書き以上には見えてこない。題材と手法が必ずしも比例しないのは悩ましい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      世界から痛めつけられている。生きているだけで痛い。〈普通〉じゃない私だけの痛み。痛みがあるから芸術を創作し、痛みがあるから恋愛する。鑑賞者の痛みを刺激して感動される。痛い恋愛してるから殴られて眼底骨折する。痛いから戦える。痛いから何らかの依存症になる。痛みなんかないほうがいい。痛みを消してくれる危険な薬物を大量生産して人を殺して儲ける〈普通〉の人非人。ナンは言う。「売春していたことは初めて話した。売春は恥ずかしい仕事ではない。けれど、楽な仕事でもない」

    • 映画評論家

      真魚八重子

      ナン・ゴールディンが仲間と、サックラー家が販売製造し中毒者を多く出している「オピオイド系鎮痛剤」に反対運動をしている。映画はナンの過去を振り返り、むしろ80年代にはLGBTQの人々が集まる店で働き、ドラッグサブカルチャーの写真を撮っていたことを語る。被写体の多くをエイズで失ってしまったことも。自己判断で麻薬をやることと、医師の処方箋によってオピオイドの中毒になるのはあまりに違う。それは謎の病気だったエイズが自己判断の死でなかったことと一緒なのだ。

  • RHEINGOLD ラインゴールド

    • 映画監督

      清原惟

      実在するラッパーの自伝を基にした映画。ヨーロッパの移民のコミュニティ意識についての描写は興味深かったが、ともかく主人公の人生が嘘みたいな展開をしていくので、現実にこういうことが起きていたとはなかなか思えない。強盗をして入れられた刑務所で、ふいに子どもの頃を思い出し、机にピアノを描いて弾くシーンでは、彼の本当の姿がようやく見えたような気がした。このシーンがよかったからか、最後いろいろな描写をすっとばし、成功者になっている展開には、やや違和感も感じた。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      これが実話の映画化とは驚く。ファティ・アキンは「女は二度決断する」の冷徹な復讐鬼と化したヒロインが記憶に残るが、この映画ではクルド系のエリート音楽家の家に生まれたカターが街の不良に半殺しの目に遭い、ボクシングを学んで一矢を報いるエピソードにデジャ・ヴ感あり。ドラッグの売人に身を落とすも刑務所内で作った曲が大ヒットという古典的なジェットコースター風の貴種流離譚でもある。ラップのリズムがいつしか映画の鼓動そのものへと同調する辺りが実にスリリングだ。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      イラン系クルド人の両親をもつクルド系ドイツ人ラッパー“Xatar”の半生に基づく青春・犯罪・音楽ドラマ。1979年に始まり第一次湾岸戦争を通過してドイツを経由し、アムステルダムに辿り着く多言語の物語。主人公の背景も複雑だが、トルコ系ドイツ人監督のアキンは「グッドフェローズ」風の年代記スタイルで手際よく捌く。マイノリティとギャングはアメリカ映画の十八番だったが、ここでは欧州でのクルド系に応用されており、それもハッピーエンド。中身は新鮮。だが容れ物はそうでもないのだ。

  • オッペンハイマー

    • 俳優

      小川あん

      クリストファー・ノーランがこれまで描いてきた宇宙物理学が歴史上の重要人物に点火した。真正面からオッペンハイマーと向き合ったノーランの映像作家としての極意が明らかになったように思える。まさに、素粒子のように思考を凌駕するほどの情報が飛び交い、人間の心理に爆発的なエネルギーが集まる。そして人物像が形成されていく! この手法に“65mmカメラ用モノクロフィルム”という最新技術が加わるのだから……。これほどの映画体験を味わうと、もう後戻りできない。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      決してわかりやすい構成ではなく、カタルシスが得られるわけでもないこの映画があれほど大ヒットした理由は、いま一度多面的に考察されるべきだろう。筆者はノーランのあまりよい観客ではなく、基本的に「脚本の人」だという考えはいまも変わらないが、原爆投下後、オッペンハイマーがチームに向けてスピーチをし、会場をあとにするまでのシーンの演出のマジックは圧倒的。ノーランが置かれている状況では、この演出でメッセージを表現するのが精一杯だったということでもあろうけど。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      原子爆弾を開発した天才物理学者オッペンハイマーの栄光と没落。NHK Eテレの教育番組で終わりそうな地味でハリウッド映画的でない題材を、ノーランは持てる力を存分に注ぎ込んで圧巻のスペクタクルな映像・音響体験に仕上げた。ノーランの最高傑作とは思わないが、ノーランの映画作家力をこれほどまでに感じるものはない。そして映画の普遍的な主題は、超越的な力の獲得がもたらす非喜劇と時間=歴史の捉え直しであることを再認識。ノーラン自身が映画体験のマッド・サイエンティストなのだ。

  • ナチ刑法175条

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      20年以上前の傑作がデジタル・リマスターを機に劇場公開。出演してくれた証言者たちがいまでは全員鬼籍に入っていることを思うと、この作品の意義は一層大きくなる。彼らの人生には、当たり前だがひとつとして同じものはなく、事態を多面的に見せてくれると同時に、このほかにも膨大な数の人生が失われたことを思い知らされて愕然とする。ここで語られる事態が、自由と寛容の頂点というべきワイマール時代の直後に訪れたという恐ろしさ。「人々はすぐ無関心になる」という言葉の重さ。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      ドイツで施行されていた同性愛を禁じる「刑法175条」を題材にしたドキュメンタリー。特にナチス支配下で男性同性愛者は激しく弾圧され、収容所に送られたという。そのわずかな生存者に迫る本作は、かなり高齢となったサバイバーの鮮烈な体験談を収める。ゲイ、ナチス、強制収容所と強い題材であるにもかかわらず、映画はあまり工夫のない淡白な出来。貴重な証言を世に伝えることが主眼であれば、映像よりもノンフィクション小説に仕上げたほうが良かったのでは。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      ナチが同性愛者を迫害していたという事実をはじめて知った。壮絶な過去を持つ人間が数十年後にその体験を語ってほしいと言われても、そう簡単には語れないだろう。言葉をつまらせ涙を浮かべながら明かされる、彼らが受けた拷問や人体実験の数々。語りたい/語りたくない想いの狭間で引き裂かれる彼らの苦悩と、聞くことを躊躇する若い聞き手の葛藤。歴史を掘り返す双方の勇気が描かれていた。「人間はすぐに無関心になる」という劇中の言葉は真実だけれど、それに抗おうとする真摯な映画。

  • 四月になれば彼女は

    • ライター、編集

      岡本敦史

      今の世の中で「生きづらさ」と「解放」を描くなら、こういう話じゃなくない?という違和感が拭えず。恋愛や結婚に生きづらさを覚えている主人公たちがいて、しかし映画としては恋愛成就を帰結とするジャンルムービーなので、矛盾は当然生じる。その矛盾を突破するべきドラマに、強度も説得力も感じられない。彼らが完全に恋愛から解放される瞬間がないからだろうか。後半の展開はホラー映画にも転用できそうで、介護職員の人材不足という問題は痛いほど伝わる内容ではある。

    • 映画評論家

      北川れい子

      失うのが怖くて愛に臆病な恋人たちの10年越しの因縁メロドラマだが、国内ロケでも辺鄙な場所を選べば十分通用する話を、わざわざ異国の絶景でロケ、いやその絶景は確かに素晴らしいが、だからといって話が広がるわけでもない。原作者の川村元気としては、恋愛や結婚にいまいち消極的だという世代の一面を描いたのだろうが、未練と感傷の遠回り、君たち、本気で愛したの? いつもテキパキ颯爽とした長澤まさみが、獣医役はともかく、こんな曖昧な行動をするのもいかにも嘘っぽい。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      手紙を読む森七菜の柔らかな声と共に、彼女がプラハ、アイスランドなど各地を歩く姿に瞠目する。まるで佐々木昭一郎のドラマを観ているかのような美しさに魅せられたからだ。都内の何気ない風景も繊細に映し出し、中島歩、河合優実を脇に配した配役も申し分ない。映像技巧に走らず、じっくり芝居を捉えるのも好感を持って観ていたが、失踪していた長澤まさみの謎が明かされると、単に自分がすっきりしたいだけの自己満足的行動かつ、ストーカーめいた真似をしているので白けてしまう。

  • ペナルティループ

    • 文筆家

      和泉萌香

      人生という牢獄のなかでいかに生きるか?「恋はデジャ・ブ」はじめ数々の傑作があるループもの。本作は恋人を殺害した男に復讐する一日を何度も繰り返す、というものだが、復讐の方法もターゲットを殺害一択、パターンもほぼ同様、まず復讐とはいえ「殺人」をおこなう主人公の精神面はいかなるものかと注目するも、それへの掘り下げも浅薄、加害者との関係のうつろいもふやけ気味。生や死がどうにも軽く、ただの仮想世界での「ゲーム」的な空虚さが残ってしまう。

    • フランス文学者

      谷昌親

      ループものかとやや腰が引けたが、ちょっと様子が違うと気づいたころには作品世界に引き込まれていた。とはいえ、並のループものとは違うというだけなら底の浅い映画になっただろう。主人公の岩森が黄色いコンパクトカーで走る道、夜の深い闇と暗い水面の反映、工場の庭にそびえる木といったなにげない要素がこの作品に艶をもたらしている。ループが終わったあとに聞こえてくる鳥の声と雑踏の音も魅力的だ。いろいろと仕掛けがありながら隙間が残っているのもこの作品の美点。

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