映画専門家レビュー一覧

  • 現在地はいづくなりや 映画監督東陽一

    映画評論家

    川口敦子

    昔、日本映画は暗くて重くてなどと脳天気に広言していた大学生の頃、新藤兼人の「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」と出会い蒙を啓かれた。溝口は無論、彼を語った面々に、彼を撮ろうとした新藤に、そうして日本映画に少しでも近づきたいと興味をかき立てられた。同様のそそのかしの力をこの誠意に満ちた一作も感じさせる。しかも監督東自身の言葉でその“現在地”を確かめさせてもくれる。ギターの少女を章ごとに挿む趣向への疑問は最後の「知らん顔」の清新さにやや薄らいだ。

  • 現在地はいづくなりや 映画監督東陽一

    映画評論家

    佐野享

    学生時代に「日本妖怪伝 サトリ」を観て以来、東陽一という監督が気になっていた。日本映画史において、きわめて重要な作品を撮ってきたひとである。にもかかわらず、つねに真ん中にはいない。キャリア的には巨匠といわれてよいが、どうもその呼称が似合わない。そんな東陽一のドキュメンタリーができたと聞いて意外の感があったが、観て、腑に落ちた。真ん中にいない、ということが、つまり東陽一の「現在地」なのだ。いや、ずれているのは、この日本社会のほうかもしれない。

  • 現在地はいづくなりや 映画監督東陽一

    映画評論家

    福間健二

    東陽一とは何か。気さくに語る姿を見て、作家論的なことだけでなく、自分がなにかを取り逃がしてきた気がした。映画で「言いたいことなどない」。変化する社会のなかの、一作ごとの出会いと工夫があるだけなのだ。作品の断片の挿入が決まり、異なる質の聡明さをもつ三人の女優との対話が楽しい。小玉監督、愛があるのだ。安藤紘平による解説以降のまとめ方がややくどいが、半世紀以上の奮闘の持続からすれば当然とはいえ、これだけのものを作ってもらえる監督は滅多にいないだろう。

  • ソン・ランの響き

    映画評論家

    小野寺系

    芸道ものやヤクザの哀愁といった古めかしい内容にブロマンス要素を掛け合わせたことで、現代的な文脈で見られる映画になっている。写真家として活躍する監督ということで、画面の色や、とりわけ静止画としての映像の美しさが際立っているところが肝か。その反面、脚本にはひねりがなく予定調和的で起伏に乏しい。ファミコンソフト「魂斗羅」二人同時プレイで、主人公たちの友情が深まる描写は、同じゲームを当時友達とプレイしている者としては嬉しくなってしまった。

  • ソン・ランの響き

    映画評論家

    きさらぎ尚

    ベトナムの伝統的な歌劇を組み込んだ友情のドラマは、主人公の陰影に富むキャラクターと、ストーリーの運びがポイント。借金の取り立てが生業のユンが見せる、非情で暴力的な表向きの面と穏やかな内面がよぎる、一瞬の演技が素晴らしい。もう一人の主人公リン・フンが開演前に化粧をする時の陶然とした表情は、どこかウォン・カーウァイ監督作におけるトニー・レオンを思わせる。これを男性の友情とするには、二人の感情が発する微熱に、心が騒ぐ。結末に至る手際の良い展開が秀逸。

  • ソン・ランの響き

    映画評論家

    城定秀夫

    画の質感、フレーミング、カッティングのどれもが映画的としか言いようがないもので、開始早々から傑作の予感に胸膨らませ、事実、中盤までの流れは素晴らしく、今の時代にこういう古典的でありながらも力強い映画作りを実践しているこの監督に全幅の信頼を寄せながら観ていたのだが、二人の男が心を通わせ始めるあたりから、どういうわけか映画が急激に失速した感触になり、終盤に至っては劇中歌劇に尺を割きすぎて、本線の方がいささか陳腐な着地をしてしまっているように感じた。

  • COMPLY+-ANCE(コンプライアンス)

    映画評論家

    川口敦子

    20年1月24日の試写の時点で、未完ゆえ公開時には別のものとなっている可能性もといった前口上があり、それでは見ても評しても空しくはないかしらとちょっとムッとし、しかし鑑賞後にはぜひ別のものになってと切望した。同じく斎藤工が企画・製作した「MANRIKI」の時にも感じたことだが、思いつきだけ、仲間内の盛り上がりだけで形にした何かを映画とは断固、認めたくない。自己規制に縛られた世界の今を撃つ志を伝える術を練って欲しい。ノーといえる仲間をみつけて欲しい。

  • COMPLY+-ANCE(コンプライアンス)

    映画評論家

    佐野享

    岩切一空監督のパート。「聖なるもの」でも瞠目させられたワンショットの吸引力、今回も健在。このパートが最後にきていたら、全体の印象はもっとよくなったような気がする。それくらい残りの時間は苦痛だった。とくに齊藤工監督のラストパートは、このテーマに対して、考えうるかぎりもっとも凡庸なアプローチをしているとしか思えない。これなら80年代のコントビデオにはるかに斬新なものがいくつもあったし、それこそ影響を与えたらしいスネークマンショーの洗練とは程遠い。

  • COMPLY+-ANCE(コンプライアンス)

    映画評論家

    福間健二

    七〇分。キズ入りフィルムを装うなどのイメージ部分を除くと正味どのくらいか。この短さで、構成が雑だ。斎藤工は総監督、一部を撮っただけで、ゲスト監督がオムニバス的に仕事している。監督ってどういうものだと思っているのか。自主規制のアホらしさがテーマ。それを笑う前にすべきことが多々ありそうだ。メディアと現在にぶつかって風刺や抗議を成立させるための、この世界への愛がなさすぎる。相対的に、インタビューされるタレントを演じる秋山ゆずきに「経験」を感じた。

  • スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼

    映画評論家

    須永貴子

    前作が大ヒットしたという情報だけを入れて鑑賞。導入から、前作を知らなくてもついていける親切設計。言い換えると、キャラクター造形、芝居、BGMのすべてがデジタルで紋切り型。お笑い芸人の使い方は特に雑で、アキラ100%が扮する警察署員が、脱獄犯に制服を奪われて裸で倒れている横に銀色の丸盆が転がっている光景には目を疑った。ずん飯尾とアルコ&ピース平子への演出も残念の一言。観客を欺くことを目的にミスリードするオープニングの演出も反則!

  • スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼

    映画評論家

    山田耕大

    「ボヴァリー夫人」を書いたフロベールは言う、「神は細部に宿る」。ヒッチコック曰く、「ディテールがしっかりした映画ほど年月に耐えうる力を持っているものだ」。あんなにナイフで刺しているのに、ぜんぜん返り血を浴びないなんて、あり得ないでしょう? いくら飴を尖らせて吹いたって、目に刺さるわけがない。制服・制帽で扮してたって銀髪頭は隠せない。誰も怪しまないって、変じゃね? そんなディテールの不可解が目立って仕方ない。名監督にも「筆の誤り」なんだろうか?

  • スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼

    映画評論家

    吉田広明

    前作の刑事と獄中の殺人鬼が協力して新たな敵に挑む。「羊たちの沈黙」みたいな展開で確かに見ている時点では次々生じる展開に最後まで面白く見せられるのだが、冷静になって考えてみると疑問点が多々(結局なぜ白石が狙われねばならなかったのか、ハッカーが自分のPCのカメラは封じていないのか等)。ネタバレサイトを見て、不覚だった設定の深さに改めて感嘆する場合もあるが、これは意外な展開先行で穴が埋め切れていない感じ。殺人鬼も強烈ではあるが惹きつける魅力はない。

  • プレーム兄貴、王になる

    映画評論家

    小野寺系

    あえて“王道”、“インド娯楽映画”らしい映画を提供するという試みが清々しく、ダイナミックな映像や演出が楽しい作品だし、そういった時代錯誤的な要素を自虐的に指摘してみせる描写もあるが、それでもさすがにストーリー展開が型にはまり過ぎなのでは……。古典的な内容が、いまの時代や社会の問題につながりを見せる瞬間がこないままに終わってしまうので、どうしても空疎な映画に感じられてしまう。王女役のソーナム・カプールの神々しいまでの美貌には圧倒された。

  • プレーム兄貴、王になる

    映画評論家

    きさらぎ尚

    アクションありコメディありラブロマンスあり、そのうえ浮世から離れたおとぎ話の世界で歌って踊っての、てんこ盛り。これを伝統的なインド映画だと言ってしまえばそれまでだが、画面が極限まで賑々しく、かつ色彩にあふれているわりには、響くものが少ない。街の役者が意識不明の王の影武者にされるという、いわゆる替え玉ものはコメディの定番であり、偽の王に仕立て上げる王宮の家来、王位を狙う敵役、婚約中の王女と、定番に必要な駒は揃っているのに。過ぎたるは何とやらの感。

  • プレーム兄貴、王になる

    映画評論家

    城定秀夫

    深刻な格差社会の上に成り立っている王族たちの豪奢を極めた日常や家族愛、恋愛模様を何のエクスキューズもなしに能天気に見せつけてくることに微妙な気持ちになる……なんて野暮は言いっこなしで、歌って踊りまくるインド映画らしさに溢れた娯楽作品として胃もたれしながらもお腹いっぱい堪能したのだけれど、個人的にインド映画に最も感じている不満「尺が長い!」はなんとかしてほしいところで、164分ともなれば気楽に観られる長さじゃないし、普通におしっこ行きたくなった。

  • ミッドサマー

    映画評論家

    ヴィヴィアン佐藤

    前作「ヘレディタリー/継承」で彗星の如く出現したアリ・アスター。待望の新作だ。ふたつの異文化同士の差異から生ずる摩擦が、そのまま恐怖や不安という感情に変換される。それは前作も同様で、悪魔主義は悪魔主義者にとっては、もっとも安定した形式である。未体験の文化を受け入れ馴染むこと。上映時間を通してそのエントロピーの安定がなされる。そしてそこから脱落や抹消される者以外、選ばれた主役だけが生き残る。いわば理由なき選民思想で、日本のマンガに近い感覚か。

  • ミッドサマー

    映画評論家

    藤木TDC

    怖かった「ヘレディタリー/継承」の監督による「ウィッカーマン」(73年)によく似た秘祭ホラー。舞台はスウェーデン辺境とされ、白夜の夏至祭をいかにも北欧っぽい天国的、妖精的イメージにこだわり細部まで描くが、どこまで資料調査やフィールドワークをしているか不明。創作なら類型的で偏見まじりの描写に同国の人は怒るかも。現代性を感じさせる家族の悲劇を物語の横軸におき、縦軸の秘祭クライマックスと統合を試みたと思われるラストは多様に解釈できるものの論議を呼びそう。

  • ミッドサマー

    映画評論家

    真魚八重子

    監督のA・アスターは長篇デビュー作「へレディタリー/継承」で、奥の手まで出し切ってしまったのか。本作も決して水準が低いわけではないが、前作で観た手法やラストの構造が焼き直しで使われていたり、基本のストーリーが「ウィッカーマン」すぎたりして新鮮味を感じない。アスターの個性は強烈にあるものの、冒頭での人間関係の歪みや痛々しくも繊細な脆さが持続しないのは、中心となるカルトの形式に囚われすぎゆえか。麻薬と純粋な恐怖の意外な相性の悪さも端々で感じる。

  • 名もなき生涯

    映画評論家

    畑中佳樹

    監督の処女作「地獄の逃避行」をこよなく愛するが、前作「ツリー・オブ・ライフ」は映画館から逃げ出したくなった。さて新作は、若気の至りみたいな感覚派モンタージュの3時間を耐え抜いた後、なるほど、マリック映画だと思った。世紀の頑固者の話なのは、監督自身が希代の頑固者だからで、こういう人は年を取るほどに若々しくなる。ほとんど青臭さと紙一重の天才(逆?)。ただ、土、木材、水といった存在のかぐわしさ、牢獄の壁のひややかさはこの監督の独壇場だ。

  • 名もなき生涯

    映画評論家

    石村加奈

    鳥のさえずりやバッハやベートーヴェンの音楽に彩られた、名もなき人たちの静かな暮らしの中で、街宣車の物騒な、ヒトラーの声高な、ギロチンの刃が落ちる恐怖の、不協和音が際立つ。働き者の主人公の手は、手錠をかけられた後もなお倒れた傘を拾い上げる、やさしさを持つ。彼の決心は、分別というより、軍事訓練から帰還して、妻を抱きしめ、三人の娘たちとはしゃいだ時の感触を憶えているからだろう。時流に逆らい、血で汚されることのない、主人公の手のような、美しい映画である。

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