映画専門家レビュー一覧

  • カツベン!

    映画評論家

    佐野享

    さる著名な評論家は、活弁を「無声映画の完成度を貶める」ものとして批判したが、そのような無声映画原理主義と日本における活弁の発達史を対立軸にしてドラマを仕立ててしまう慧眼に虚を突かれた。が、この映画はそうしたトリヴィアの開陳に終わらず、無声映画のスラップスティックをそのまま現代に復興させようとする二重の批評性によって、映画自身による映画への自己言及性の息苦しさから物語をあざやかに解放してみせる。周防正行の面目躍如たる「実験的娯楽映画」だ。

  • カツベン!

    映画評論家

    福間健二

    百年前の話を、ドタバタを入れて語りぬいている。「菊とギロチン」や「金子文子と朴烈」のような時代状況への向かい方はない。意外なのは、サイレント映画と活弁に対して、史的事実への興味もフェティッシュの対象とするような執着もさほどなさそうに撮られていること。思い入れでもノスタルジーでもないとしたら、用意周到の周防監督にこの題材を選ばせたのは何か。ラストのめちゃくちゃつなぎのフィルムで何を納得させたかったのかとともに、よくわからなかった。でも楽しんで見た。

  • 屍人荘の殺人

    映画評論家

    川口敦子

    今の大学ってこんな感じ!? と、その幼さと知性の欠片も見当たらない導入部に膨らんだ暗澹たる予感の割には神木や浜辺の役作り、独特のセリフ回しや間の外し方に時々、巻き込まれもしたのだが、原作があるとはいえホラーと謎ときミステリー、ゾンビと密室殺人を合体させておけば面白くないはずないでしょ――というような安易さが透けて見える企画の中でそうやって懸命に演じているキャストも、彼らを支えるスタッフも、はたまたそんな日本映画の現状も虚しく気の毒と改めて痛感した。

  • 屍人荘の殺人

    映画評論家

    佐野享

    「奇抜」をねらったミエミエの作劇がつらい。なにより人体損壊シーンを安っぽいレントゲンCGで処理して済ませてしまうセンスのなさには愕然とした。浜辺美波は好演しているものの、演出がキャラの二面性を活かしきれていない。殺人の動機となる事件の描き方といい、荒唐無稽な話だからこそ、そうした細部はピリリと真剣に締めるべきだったのでは(柄本時生を起用しておきながら、この扱いは酷すぎる)。90年代TVドラマの薄い再現をいまさらやったところで一体誰が喜ぶのだろう。

  • 屍人荘の殺人

    映画評論家

    福間健二

    これ、ミステリーの本格+荒唐無稽というものだろうか。ちょっとだけブニュエルの「皆殺しの天使」風になるが、そんな狙いがあるとも思えない。むりやり作った話。木村監督は、映画らしさにこだわらず、小技で進行をもたせる。メリハリもよくないけど、かえってふしぎな余力感が残されている。実年齢より若い役でときに苦しさも見える神木隆之介。それでも、なるほど、迷宮太郎かと安心させる。いい役者なのだ。浜辺美波の硬さもキャラに合って、人物配置の整理はついている。

  • つつんで、ひらいて

    映画評論家

    川口敦子

    「敢えて残酷で皮肉な目線を加え、家族と師弟の美しい部分と、闇の部分の両面を見つめていきました。複雑な感情を紡いだ作品ですが、物語はとてもシンプルです」。劇映画デビュー作「夜明け」を語る監督広瀬の言葉はその前に撮っておきたかったというこのドキュメンタリーを貫く眼の清廉な厳しさと美しさとみごとに響き合う。それは「言葉を、目から手へ、そして心にとどける仕事」を究めてきた装幀者菊地の核心とも通じ、撮る者と撮られる者との照応のスリルの強度を思わせるのだ。

  • つつんで、ひらいて

    映画評論家

    佐野享

    これほど真剣に画面を凝視した映画は久しぶりだ。凝視するだけでなく、ほんとうに思わずスクリーンに手を伸ばして本の質感をたしかめたり、ページを繰ったりしてしまいそうになった。撮影、編集のリズム、音楽、すべてがつつましく題材にマッチし、紙上の静かなドラマがいつのまにか壮大なスペクタクルへと変貌を遂げている。そして最終的には、「他者との関係性」をめぐる問答へと行き着く今日性。装幀という専門領域にとどまらない豊かさをもった、アクチュアルな一作である。

  • つつんで、ひらいて

    映画評論家

    福間健二

    菊地信義の装幀が何をもたらしたのかも、呼応してきた時代的な美意識の変化も、簡単には語れない。それに怯まず、広瀬監督は作業と人を見つめる。最後の「達成感はない」まで、味ある言葉が、菊地自身と彼の関わる作家、編集者、弟子からも。人が、時運に乗って、いい仕事をするってこういうことだと納得させる。きれいに作りすぎているのと音楽の軽快感などで、いわば本の含む世界の「暗部」が切りすてられ気味なのに不満はあるが、それもエンディングの鈴木常吉の歌で緩和された。

  • 今日もどこかで馬は生まれる

    映画評論家

    川口敦子

    昔、好きだったマイケル・サラザンが出たダンスマラソン映画「ひとりぼっちの青春」。その原作が確か『彼らは廃馬を撃つ』だった、などと思わず勝手な懐かしさに浸り込んだ。観客に脇道にそれるそんな余裕を与えてくれる一作、押しつけがましさのない点がよさでもあり弱さでもあるかもしれない。関係者の意見を奇を衒わず、丹念に並べていく構成で、控えめな問題提起、情報提供の役割を清々しく全うする。その先、例えばJRA中枢部の意見もあったらなどともつい思った。

  • 今日もどこかで馬は生まれる

    映画評論家

    佐野享

    時折、JRAのCMを目にしては「競馬のイメージも様変わりしたものだ」と気楽な感想を抱いていた者としては、あの人気者揃い踏みCMの裏に隠された問題を知らしめるこの映画の意義は認めたい。登場する「うまやもん」たちの表情も魅力的だ。だからこそ、ナレーションを全面的に導入して証言を数珠つなぎにするよりも、生きものとしての馬の美しさをじっくり見せてもらいたかった。そうすれば「馬が生まれる」ことの尊さがもっと身に迫って感じられたのではないかと思う。

  • 今日もどこかで馬は生まれる

    映画評論家

    福間健二

    競走馬、走れなくなったらどうなるのか。どうなるのがいいのか。ファン、騎手、生産者、調教師、馬主、牧場経営者たちを訪ねて、それぞれの思いと、馬とともに生きる姿をカメラに収めている。対象が変わってもアプローチはほぼ同じ。インタビューでは似た構図の画が反復される。「こうすればいい」と結論を出せないこと。それをこの世の別な場面で起きていることにもつなぐ思考が見えない。平林監督は、馬の美しさ、健気さ、さびしさの奏でる「詩」にも興味があまりなかったようだ。

  • ゴーストマスター

    映画評論家

    須永貴子

    “壁ドンキラキラ映画”の撮影現場が残酷劇場に変貌するまでのテンポの良さと落差の付け方、最初の死体(死に方)にインパクトあり。血糊や死体、モンスターの特殊造形など、痛みや臭いを感じさせないスプラッター描写はキッチュ。ガラリと様相を変えるフィナーレで、現場のすべてを記録したカメラが投写する影像は、映画の魔力に人生を狂わされた人たちへのレクイエムとして響く。全篇を映画愛が貫く本作は、映画監督が人生で一本しか作ることができない“長篇第一作”にふさわしい。

  • ゴーストマスター

    映画評論家

    山田耕大

    中々の快作である。中々などというと、映画の歯切れよさが伝わらないが、他に表現がない。撮影中の恋愛コミック映画の主役少年が、突然悪鬼になる、その唐突さにまず胸がキュン。助監督がデビュー作として書いていた「ゴーストマスター」という脚本のゴーストマスターという悪霊が主役少年にとりつき、以降あれよあれよとホラーな展開になっていく。撮影現場が舞台だからという訳じゃないが、「ああ、映画!」なのである。映画の性感帯をくすぐりまくるのだ。来るべき達人の誕生だ。

  • ゴーストマスター

    映画評論家

    吉田広明

    恋愛映画を撮っている現場がホラーに、という話だが、撮られている作品とされる恋愛もの映像が、予告篇にしか見えない。それをしっかり作りこんで伏線としていないため、作者たちの狙う「ツギハギ」、恋愛ものと思いきやホラー、ホラーかと思っていると恋愛ものとして落ち着く、という逆転の切れが薄れている。また、ゴーストと化した脚本がとり憑くのは俳優ではなくやはり監督であるべきで、彼がホラー愛ゆえに、映画をホラーに作り変える、という筋の方が分かりやすかったのでは。

  • ルパン三世 THE FIRST

    映画評論家

    須永貴子

    大泥棒が世界を股にかける冒険活劇アニメーションと3DCGの相性が悪い訳がない。しかし、お宝の秘密があまりにも荒唐無稽で広げた風呂敷のたたみ方が雑なのは、“スケール感”という呪いにかかったからか。逆説的に、本シリーズの魅力はキャラクター間のベタなやりとりなのだなと再確認。そうなると気になるのは次元の声。彼以外の主要キャラの声優が次世代に替わっているため、次元の外見と80代の声優による声の違和感が際立ち、最後まで消えることがなかった。

  • ルパン三世 THE FIRST

    映画評論家

    山田耕大

    天邪鬼な僕は、みんなが観ているものには目を背け、ルパン三世も子供がテレビで観ているのをチラ見した程度。今回初めて観るに等しい。ただ一言、面白かった! テンポよく、一瞬も飽きさせない。ご都合な展開も却って心地良い。90分ちょいの長さも的確。売れ筋監督に、「映画が長いのが何が悪いっ!」と嚙みつかれたことがある。やっと終わったと思ったら、まだ続きがあるラストシーンが作れないボンクラ映画はもう不要。映画は客に観せるものであって、見せびらかすものではない。

  • ルパン三世 THE FIRST

    映画評論家

    吉田広明

    目玉である3DCGについては、キャラの造形も違和感はないし(ただ、ルパンは以後ずっとこれでいいとは全く思わないが)、モノの質感も確か、方向性の自由度を十分生かしたアクション場面など、まずまずの成功と言えるのではないか。物語に関しては、一般意見を聴取してフィードバックしたというが、その分どこかで見たような既視感漂うものに落ち着いてしまったように思う(特に宮崎の「カリオストロ」。少女、古代遺跡、権力意志)。せっかくの新機軸、もっと冒険してもよかった。

  • この世界の(さらにいくつもの)片隅に

    映画評論家

    須永貴子

    前作に対する世間の絶賛に完全には乗り切れなかったが、本作には文句なしに打ちのめされた。特に、女郎・リンとのシーン。彼女との友情があったからこそ、すずはどんなに過酷な出来事に襲われても、自分を保てたのだな、と。また、現在の日本の空気が、前作が公開された16年よりも戦時中に近づいていることも、この作品が響く理由。食うものに困ったすずが、食材や調理法に工夫をする姿に、「ニンジンの皮を食べて消費税増税に打ち勝つ」という9月の新聞記事が頭をよぎった。

  • この世界の(さらにいくつもの)片隅に

    映画評論家

    山田耕大

    素直に語りにくいのは確かだ。なにせ三年前に世の中を席捲したあの「この世界の片隅に」のロングヴァージョンなのだ。いや、ディレクターズ・カットのようなものなんだろうか。詩情あふれるカットの数々に三年前に観た時の記憶が蘇る。あの映画の持つ新しくもあり古くもある独自の抒情はやはり記憶の底深くまでしみ込んでいて、消え去ってはいなかった。が、どうしても前作との見比べ心が出てきてしまい、素直に鑑賞できたかどうか自信が持てない。それにしても、のんはやはりいい。

  • この世界の(さらにいくつもの)片隅に

    映画評論家

    吉田広明

    白木リンら娼館の女たちのエピソードが増えることで「戦争」に加えもう一つの理不尽「貧困」が際立つことになる。すずは戦争によって右手を、リンは貧困によって夫を持つ可能性を、それぞれ失う。大切な何かを失うことで彼女らは社会の中の弱者としての位置を自覚し、それでも前に進もうとする。彼女たちが、そこから前に進もうとする根拠となる場所が「片隅」であり「居場所」だ。安易な怒りの表明でも、まして現状肯定でもない、より厳しく、しかし勇気ある道。全ての弱者へのエール。

1-20件表示/全431件