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専門家レビュー一覧

  • グリーンブック

    ライター

    平田裕介

    主人公ふたりが車で回るのは米南部だが、その片方は黒人。どうしたって辛いシチュエーションが続くわけだが、その合間に同国ならではの国土だけではない懐の広さ、風景だけではない美しさも映し出す。実際に足を運んで目にしないとわからないアレコレを彼らの旅を通じて教えてくれる、ロードムービーとしての極上作品。黒人の作品の大好物=フライドチキンのエピソードを筆頭に、差別や偏見の芽となる先入観を笑いと涙の双方で活かすP・ファレリーの手腕はお見事。

  • 家族のレシピ

    映画系文筆業。

    那須千里

    昨秋パリで観た時は「ラーメンの味」という仏題で公開されていた本作。合作国でもあるフランスでは「お茶漬けの味」的なイメージだったのだろうか。実際、原題の「RamenTeh」の「Teh」はマレー語でお茶を意味し、劇中ではラーメンとバクテー(Bak Kuh Teh=肉骨茶。バクテー自体にお茶は使われていないが)をはかることで、家族再建のドラマへと展開していくため、小津の連想はあながち的外れでもない・・・・かも。グルメ描写や日本・シンガポールの国交プロジェクトとしてはなかなか。

  • 家族のレシピ

    映画評論家

    きさらぎ尚

    まず食が題材の映画は、大好きなジャンル。ほとんどの場合、食・人・場所が分かち難く絡まりあい、ドラマに人情味があふれているから。この映画がまさに好例。ルーツをたどる過程で、日本とシンガポールの両国に刻まれた不幸な歴史が浮かび上がり、それぞれの国のソウルフードを融合させた新しい料理に着地。ストーリーと展開、そしてキャスト(特に斎藤工とビートリス・チャン)の、三者間の調和でドラマが豊かに。ただフードブロガーの存在が浮いて、それに水を差しているのは残念。

  • 家族のレシピ

    批評家。映像作家。

    金子遊

    何ごとも食わず嫌いが一番いけない。高校、大学、社会人になっても、ひとりの初恋の女性を想い続ける男の姿は、絵空事だが、信じてみたいとも思わせる。高校のときの彼女と結婚し、二子を設けている同級生がいるが、本人たちからすれば本作のような劇的なできごとのくり返しがあったかもしれない。と書いたところで、言葉が尽きてしまった。2時間近く最後まで楽しめた娯楽作だが、この作品を評するための言葉がわたしには欠如している。今まで一体何をしてきたのだろう?

  • 翔んで埼玉

    映画文筆系フリーライター

    千浦僚

    首都圏生活感覚がある人間ならわかるネタに基づく、良い意味でナンセンスで大仰なギャグ映画だが、根底には真実恐ろしいものがある。ボリス・ヴィアン『墓に唾をかけろ』を連想。出自に由来する差別への呪は犯し、殺しても足りぬだろうし、その復讐者は吊るされる。観ながらGACKTがそこまでやる・やられることまで一瞬想像した。埼玉を本気で蔑むことの奥にはそれがある。この”埼玉”は人種、国籍、出身地にも置換しうる。しかし観れば楽しく振り切った、良いコメディ。

  • あの日のオルガン

    映画評論家

    吉田伊知郎

    過去に何度か企画されながら実現しなかった本作が映画化されたのは、ここ数年疎開やら空襲という言葉が平気で使われるようになった危機感の表れか。従来の学童疎開もののパターンから離れ、保母たちの女性映画になっているところが新基軸。幼児たちと同じ目線の大原と、彼女に厳しい戸田との関係性などは目新しくないが、やはり大原の存在が際立つ。ライブで観客を沸かせて歌う姿が、オルガンを弾いて園児たちと歌う姿にトレースされ、今の娘にしか見えない欠点を補って余りある。

  • あの日のオルガン

    映画評論家

    上島春彦

    初の演出作品でここまで堂々たる大作を任されたら監督冥利に尽きるであろう。太平洋戦争下、保育園児の初の集団疎開という地味な題材。
    しかしながら、キャラクターの描き分けが的確かつユーモラスなおかげで大いに楽しめる。直情怪行型の戸田と、あまりに天然な大原のコンビが抜群だ。どっちを欠いても成立しない物語。田舎者の偏狭さのせいで淡い恋情が踏みにじられるエピソードは痛ましいものの、こういう現実は普通にあったに違いない。実話の教訓性を極力抑えた構成も効果的だ。

  • グリーンブック

    翻訳家

    篠儀直子

    映画として特別冴えているわけではないし、これだけの長距離を移動していながら土地ごとの風土が映像にほとんど表れてこないのももったいなさ過ぎるのだけれど、主人公ふたりの魅力がそれらを補って余りある。「誰これ?」と言いたくなるくらい増量してV・モーテンセンが演じたイタリア系(!)のトニーも、一歩間違えばただの偏屈男になるところをM・アリがエレガンスと知性で魅力的に造形したドクも、好きにならずにいられない。車内でフライドチキンを食べるくだりは、名シーン。

  • あの日のオルガン

    評論家

    上野昴志

    小学生(当時は国民学校)の疎開は、身近に知っていたが、保育園児の疎開が実際にあったというのは、初めて知った。国が進めた学童疎開と違って、就学前の子供を自力で疎開させるということには、親の反対も含めて相当の抵抗があったと思う。それを推し進める戸田恵梨香演じる保母の厳しさと、子どもと一緒になって遊ぶ大原櫻子の無邪気さとの対照が、うまく効いている。総じて保母たちと子どもとの関係も自然でいいが、その裏面にある、親たちが東京で受けた戦争の表現が弱い。

  • 運び屋

    映画ライター

    平田裕介

    ラストベルトとなったデトロイトや再び壁で騒がれる国境沿いが舞台と、アメリカについていろいろと考えてしまう要素がちりばめられている。だが、「ハドソン川の奇跡」同様”お仕事映画”として鑑賞。稼ぎ方の選択やそれに伴う責任といったものだけでなく、年長者として父親としての本分といった意味での”仕事”も描かれる。もちろん、人たらしによる人情劇、クライム・ロードムービー、そして実娘と父娘役で共演することで醸しだされるイーストウッドの私映画としても見入ってしまう。

  • 運び屋

    映画監督

    内藤誠

    イーストウッドの映画を見続けてきたものには、全篇、思い当たる所が多く、画面にひきつけられた。園芸にうつつをぬかして、家族をかえりみなかった老人を主演にすえるとは、脚本からして素晴らしいアイデアだ。彼が麻薬の運び人に利用されているとどこで気づき、また、悪事を反省しているのかどうかなど、はっきりさせない展開も、この主人公らしい。劇中の娘を実のアリソンが演じ、いろいろなエピソードもイーストウッドの私生活を反映しているようで、よくぞここまでやってくれたと思う。

  • 移動都市/モータル・エンジン

    翻訳家

    篠儀直子

    この奇想天外な世界を説得的に視覚化するのは相当な困難だと思えたがまあまあクリア。スター不在のキャスト(余計なお世話じゃ)でこれだけの製作費を回収するのは果てしなく難しそうだが、続篇のほうが面白くなりそうなので、できれば続けてほしいところ。いちいち機械的に回想シーンを入れる凡庸さは何とかしてほしいが、宮崎駿の活劇を思い出させられるところもあり、意外なことに正統派恋愛映画でもある。ヒロインを追う人造人間のキャラクターが、哀しみがあってなかなかいい。

  • 翔んで埼玉

    映画評論家

    松崎健夫

    かつて、区でも市でもない「郡」と呼ばれる地域に住んでいた頃、郡内ふたつの町は、”海側”と”山側”で仲違いしていた。海側の町民が、「田んぼばかりで工場もない田舎」とディスレバ、山側の町民は「光化学スモッグで息もできへん」と反論する。実に不毛であったことを思い出す。その点、本作で描かれる「埼玉に対するディス」は、自嘲することで相手を牽制させているというメカニズムが痛快。またセットや衣装にこだわることで、魔夜峰央の世界を忠実に映像化している点も秀逸。

  • 翔んで埼玉

    映画評論家

    北川れい子

    それにしても、”隠れ埼玉県人”への踏み絵が”草加せんべい”とは、泣けるほどおかしい。こう書きながらも笑いが止まらない。ハロウィンのコスプレごっこのような衣装も、ぶっとんだギャグコメディのビジュアル化として痛快で、宝塚の舞台から抜け出したようなGACKTのナリフリも似合いすぎて笑える。埼玉県人のこれでもかの自虐ネタが、卑下自慢風なのも愉快。関東各県の扱いもマジメにふざけていて、それなりにナルホド感がある。ただ関東圏以外の方がどう観るかチト心配。

  • 半世界

    映画評論家 松崎健夫

    炭も人も「関係性をじっくりと作り上げることが重要ではないか?」と問いながら、他人の気持ちを汲むことの難しさも提示阪本順治監督は本作においても、登場人物の立ち位置に高低差を設けることで、各場面におけるイニシアティブのありかを視覚的にも表現。世界と世間、あるいは、都市と地方の乖離を描くことで、「ディア・ハンター」(79)の底辺に流れる精神を日本の地方を舞台に成立させようとしている感もある。無骨な眼差しを放つ市井の人間を演じた稲垣吾郎が素晴らしい。

  • 半世界

    映画文筆系フリーライター 千浦 僚

    あるキャラクターがアリかなしか、成立するかどうかはピンポイントなこと、そのポイントの純度の高さだと思う。クレイグ・トーマスの小説『ファイアフォックス』でソ連にミグを盗みに来た米空軍パイロットミッチェル・ガントがあまりにもキョドッた男なので協力者たちは訝しむが、誰かが彼に、あんたはあれに乗って飛びたいか、と問うとガントは激しい渇望を表し、質問者は、ああこいつなのだ、と了解する。炭焼き窯の炎を見つめる稲垣吾郎の黒々と光る瞳にそれと同じものを見た。

  • 半世界

    映画評論家 北川 れい子

    3人の男たちそれぞれに、妻役の池脇千鶴に、この町の人々やここに流れる時間に、気がついたらしっかり同化、映画に向かって挨拶したくなった。特にオレたちは正三角形だと言いながら、二等辺三角形の底辺という立場で稲垣吾郎と長谷川博己をさりげなく支えている渋川清彦。渋川と父親役・石橋蓮司とのやりとりなど、もう絶品。阪本映画特有のガムシャラ性が健在なのも嬉しい。タイトルからも伝わってくる、生きるということの羞恥心も見事。久々に味わう日本映画の秀作だ。

  • ふたつの昨日と僕の未来

    北川れい子

    この映画を製作した愛知・新居浜市は実に太っ腹!! 冒頭にかつてこの地で栄えた別子銅山の写真が使われているので、それ絡みのハナシかと思いきや、ダメダメ公務員のサンプルのような若い主人公を登場させ、パラレルワールドまで用意して、なだめすかし……。いわゆるご当地映画とは異なるエンタメ系を狙ったのだろうが、主人公が甘ちゃんすぎて、どの時空間でアタフタしようがこちらに何も届かず。で、五輪のマラソン金メダルは、夢なの、現実なの?ご当地映画の進化型もつらいのよ。

  • 来る

    松崎健夫

    〝あれ〟は、弱くて脆いものを狙ってやって来るという。それは現代社会における人間同士のコミュニケーションの欠落や、ネット社会におけるセキュリティの脆弱性に対するメタファーのようにも見える。〝あれ〟の存在を何となく感じさせるため、望遠レンズを多用して常に画面の前を人やモノなどによって少しだけ遮らせていることが窺える。また過度な情報量を詰め込んだ中島哲也節ともいえる画面構成や、瞬きひとつしない松たか子によるやりたい放題にも見える演技アプローチが秀逸。

  • ニセコイ

    松崎健夫

    劇中の現実と劇中劇という入れ子の構造を持った「ロミオとジュリエット」がもたらす改変。その改変が男女の心の揺らぎを互いに同期させ、描写の対比が生まれることで本作の終幕に違和感を持たせない。同様に、偽物の恋を描くことで観客をミスリードさせてゆく展開にも違和感を抱かせない。つまり、劇中の登場人物が抱く先入観だけでなく、観客の作品に対する先入観をも操作しながら巧妙に物語を展開させていることが窺える。寡黙なヒットマンを演じた青野楓の佇まいが素晴らしい。

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