「火星のわが家」のストーリー
ニューヨークに渡りジャズ・ヴォーカリストとして活動している未知子が、2年半ぶりに帰国した。郊外の実家にひとりで暮らす父・康平は、娘のそれを照れくさくも喜ばしく思うが、実は彼女は精神的な問題からステージに立つと声が出なくなるという症状に悩まされていたのだ。そんな未知子に「人間の悩みなど宇宙から見ればちっぽけなものだ」と優しく励ます彼は、かつて全日本宇宙旅行協会の会長として数々の著書を発表したり、土地の分譲販売を行ったりとちょっと変わった職歴を持っていた。ある朝、康平が脳梗塞の発作で倒れ入院、左半身麻痺となってしまった。未知子は滞在を延期して退院した父のリハビリに付き添うが、既に嫁いでいる姉の久仁子は介護施設に任せることを提案する。彼女は、母が早死にしたのを父の道楽のせいだと思っており、また自分の夢に向かって進んでいる未知子にも嫉妬に似たわだかまりを感じていた。それでも、遺産相続で不利になるのを懸念してか、未知子と交代で康平の面倒を看ることになる。さて、リハビリの合間を縫って、倒れる以前から手がけていた自叙伝「ザンゲ録」を、後輩の息子で司法試験を目指し勉強中の間借人・透の手を借りて完成させた康平。漸くの思いで電子出版という形での刊行のめども立つが、そんな中、未知子と透は互いに好意を寄せ合うようになっていた。しかし、精神的に安定しない未知子にはまだ透を受け入れることが出来ず、一方の透も久仁子と関係を持ったことから、ふたりは気まずい仲になってしまう。暫くして、ニューヨークから未知子にオーディション合格の報せが届いた。いつしか心も癒え、声も出るようになっていた未知子はニューヨークへ戻ることを決意。ところが出発を目前に控えたある日、久仁子によって介護施設に入れられた康平が、風邪をこじらせそのまま帰らぬ人となってしまった。それから数日後、葬儀を終え、ニューヨークへ出発することになった未知子は、やはり家を出ていくことになった透とベランダに立ち、火星へ旅立った父のことを想うのだった……。