「三月のライオン(1992)」のストーリー
ある初冬の朝、古びたアパートの殺風景な一室に裸の少女がいる。同じ朝、病院のベッドで目覚めた青年はあいまいに微笑んでいる。彼には過去の記憶がないのだ。その微笑みには、生まれたばかりの赤ん坊の無垢さと、この世界への戸惑いが浮かんでいた。兄と妹、妹は自分をアイスと名付け、兄をハルオと名付ける。ハルオには妹の記憶もなければ、アイスの記憶もない。「あたしアイス、あなたの恋人です」と病院に現れた妹は兄に初めての嘘をつく。ひとりは記憶を失い、ひとりは嘘をつき、思い出を持たない恋人の2人が住居として選んだのは、あと2カ月で取り壊される古いビルの一室。前の住人が残していったわずかな家具に冷蔵庫をたして、ぎこちない2人の生活が始まった。ハルオはほどなく解体屋に職を得、アイスは個人営業の売春を続けている。知り合った駄菓子屋の老夫婦に、アイスはハルオとの将来を重ねる。だが、日がたつにつれてハルオは少しずつ記憶を取り戻していく。「だれかを愛していたことを思い出した」と、ハルオは現実の恋人を思い出す。仮定から現実へと、ハルオの中のアイスが変化していくにつれ、アイスの中のハルオはかつて愛していた兄に還っていく。次第に2人は互いの不在を意識するようになり、ぎこちない生活に絆が生まれるが、そんな時、ハルオは記憶を取り戻し、アイスの素性と彼女がついた嘘を知って絶句する。数カ月後、アイスはハルオの子を産んだ。気恥ずかしげだがうれしそうに顔を赤らめるハルオと、産婆さんの腕に抱かれた我が子を見ながら声を上げて泣きじゃくるアイス。それは2人が迎えた初めての春だった。