「クイン・メリー 愛と悲しみの生涯」のストーリー

緑のはえる美しいフランスの城で、メリー(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)は最愛の夫フランソワと幸せな日々を過ごしていた。そのういういしい美しさが、宮廷での彼女をひときわ目立たせた。メリー・スチュアートは1541年12月、スコットランド国王ジェームズ5世の娘としてリンリスゴウ宮殿で生まれた。しかし、生後数日で父が死に、渡仏させられた。アンリ2世とカテーリネ・デ・メディチの宮廷で養育されるためだった。そして16歳でフランス国王フランソワ2世と結婚し妃となったが、わずか2年で夫は急死してしまった。彼女に敵意をもつ義母のカテリーナはフランソワの死の責を彼女におしつけ、宮廷から追いだそうとしていた。悲嘆にくれるメリーの元に、スコットランドから使者がかけつけ、摂政を行なっていたメリーの実母が亡くなったため、異母兄弟のジェームズ・スチュアート(パトリック・マクグーハン)が、彼女にスコットランドに帰り、王位につくようにといってきた。こうしてメリーは13年ぶりに祖国の地を踏んだが、スコットランドはフランス程豊かでなかった。イングランドとの争いや、宗教闘争のために荒廃しており、イングランドのエリザベス女王(グレンダ・ジャクソン)の息のかかった人間が、メリーの生活を監視していた。月日が流れ、メリーの2度目の結婚が話題になり始めると、エリザベスはダドリー(ダニエル・マッセイ)を花婿候補としてさしむけ、彼と結婚すれば、メリーをイングランドの王位継承者として認めるという条件をつけた。そしてダドリーと一緒に、若くてハンサムだが悪評高いカソリックの貴族ダーンリー(ティモシー・ダルトン)も送り込んだ。これはスコットランドを思いのままにしようというエリザベスの策略で、その思惑通りメリーはダーンリーと恋におちた。小心で国王の器量を持たない彼の出現によりスコットランドの宮廷は混乱に陥った。やがて兄ジェームズと新教徒の反乱が起こり、ダーンリーの子(後のジェームズ6世)を産んだメリーは難をのがれた。その間、夫との愛は急速にさめていった。67年、ダーンリーはボスウェル(ナイジェル・ダベンポート)に暗殺された。メリーはもはや何ものにもかえがたいボスウェルを夫に迎えたが、ここでも幸せは長く続かなかった。反対勢力が再び反乱を起こしてメリーを監禁し、幼子ジェームズを立てて彼女に廃位を迫った。捕われのボスウェルの命を救うため、王位を放棄し、彼との再会を約してイングランドへ逃れた。メリーはイングランドで、初めて会うエリザベスに資金と軍隊の援助を乞うが、むげなくあしらわれ、後難を恐れるエリザベスによって囚われの身となった。その後18年余にもわたって陰湿なイングランドの各地で幽閉された。86年、エリザベス暗殺の陰謀事件が発覚し、メリーが陰謀者やスペイン国王と内通している事実が露見した。エリザベスは、自分と同じ女王である者を死刑にするのは好まず、文書で命を乞えば許そうといった。だがメリーは王として育っている息子を思い、それを受けなかった。翌年、ついにフォーザリンゲイ城で最後の日を迎えた。メリーは長い獄中生活で髪も白くなっていたが、ブロンドのかつらをつけ、晴れやかな顔でのぞんだ。燃えるようなスカーレットのドレスに愛と自由と希望に生きた思いのすべてを託し、悲しみの鐘がなり響くなかで、その一生を閉じた。メリーの形見の十字架と聖書を手に、涙したエリザベスは、その後16年間王位を守ったが1603年に死去。生涯未婚で子のなかった彼女のあとは、メリーの一人息子ジェームズがイングランドの王位を継承した。