「あの空に太陽が」のストーリー

カルフォルニア・ビショップにあるビショップ高校のスキー部の花形選手であるジル・キンモント(マリリン・ハセット)の目標は1956年の冬期オリンピックだ。彼女は金メダル目ざしてコーチのデイブ・マッコイ(ダブニー・コールマン)のもとで仲良しのライバルA・J(ベリンダ・J・モンゴメリー)とともに猛練習に励んでいた。だがそのA・Jは小児麻痺のために断念しなければならなくなった。練習に明け暮れる毎日が続く。そんなジルにも、スキーヤーのディック・ビュイク(ボー・ブリッジス)に熱い思いを寄せる一面もあった。だがディックは彼女の心も知らず、他の女と婚約してしまう。悲しみに沈むジルに、同じスキー仲間のバディ・ワーナーが求婚した。夫婦として共にオリンピックに参加しようというバディに、ジルはスノー・カップ競技会が終わったら返事すると答えた。オリンピック出場選手を決めるスノー・カップ競技会は、1955年1月に行われた。運命の日、スタート地点に立ったジルは好調な滑り出しをみせたが、コースの難所にさしかかるとバランスを失い、崖から転落した。首から下が完全麻痺という重傷だった。一命はとりとめても2度と歩くことは出来ないといわれたが、ジルは負けなかった。長いリハビリティーションを経て、手を動かすまでに回復した。だが、見舞いに来たバディは彼女が一生歩けないと知らされると、2度とジルの前に姿を現わさなかった。失意のドン底にあるジルの前にディックが現われた。ディックの乱暴だが優しい助言に、ジルは退院できるまで元気になった。退院の日、ジルはディックの小型機で数ヵ月ぶりでビショップに帰った。その夏、ディックは真剣にジルのリハビリティーションに取り組んだ。そしてジルに結婚を申し込んだ。ディックは2人の生活の準備のためにビショップを去り、ジルもカルフォルニア・リハビリティーション・センターに入り、先輩A・Jの励ましで体力づくりに入った。彼女はビショップの近所の貧しいインディアン集落の教師となって自分を生かそうとロサンゼルス大学に入学し、教員免許を獲得する。ジルの誕生日の日、再会を約束したディックに教員免許証を見せるのを楽しみに待つジルのもとに届いたのは、ディックの事故死のしらせだった。ジルはこの悲しみを乗り越えて生きていくことを自分に誓った。「ぼくは幸運だ。別れがこんなにつらい友がいる」と最後のディックの言葉だけが彼女を支えた。