「眠れる美女(1995)」のストーリー

古都鎌倉にある多くの谷のひとつのさらに奥に、竹林に囲まれて一軒の“館”が立っている。クラシック音楽の評論家をしている江口由夫は、締め切りを抱えてカンヅメになっているホテルから“館”に電話を入れ、まだ男の能力を持っていることは内緒にして、ひと晩を“館”で過ごすことにした。「たちの悪い悪戯はなさらないで下さいましよ」と言い残して女将の松子が次の間に引き下がるのを見届けると、江口は寝間着に着替え渡り廊下で繋がる離れへ向かった。部屋の中央に敷かれた布団には美女が眠っている。女は深く眠っていて決して眼を覚まさないのだ。枕元のスタンドが純白のシーツにくるまれた若い女を映し出す。江口に“館”の存在を教えたのは、旧友で放送局副社長の福良だった。急死した元最高裁判事・小林は表向きは熱海で心臓麻痺を起こして死んだことになっているが、実は鎌倉の“館”であの世に旅立ったという。その福良に医大教授の木賀を加えた三人は大学時代からの悪友であり、それぞれに人生の成功者であった。江口は“不良長寿”の会と呼ばれる悪友たちと集まっては、過ぎ去りし日の熱くほろ苦い想い出を肴に、忍び寄る老いと迫り来る死への恐怖を酒で紛らわしていた。江口は“館”に通ううちに、眠れる美女たちに一人息子・周一の嫁・菊子の寝顔を重ねている自分に気づく。ある日偶然、シャワー中の菊子の全てを見てしまった江口は、滴が伝わる瑞々しい裸身が脳裏に深く刻まれて離れなくなっていたのである。菊子と周一は結婚して五年になるが子供はなく、周一は菊子が気づかぬ振りをしているのをいいことに、菊子の親友の久美子との不倫を重ねていた。ひとり悩む菊子に、江口は「遅くに子を作るのはうちの伝統です」と軽妙な物言いで気遣いを見せる。菊子は江口に見られたことで、江口への気持ちが胸を締め付けるような想いに変わっていくのを感じ始めた。そんな義父が密かに“館”に通っていることを知ったとき、菊子は眠れる美女になりすまそうと決意する。何も知らずに江口がいつものように“館”へ向かい、部屋へ入ると、そこに眠っていたのは菊子だった。江口は当惑するが、激しく求める菊子の誘惑に負けて、ついに菊子を抱いてしまう。そして、菊子は身籠った。周一は念願の妊娠に喜ぶが、江口の気持ちは複雑だった。さらに、菊子の主治医でもある木賀から、江口と菊子は血の繋がった実の親子であるという事実を知らされ、江口は途方に暮れる。生まれた赤ん坊の百日目の記念写真には、周一と江口の妻・保子を両端にして、真ん中に夫婦のように並んでいる江口と菊子の姿があった。