絶海の嵐

ぜっかいのあらし
上映日
1952年7月14日

製作国
アメリカ

ジャンル
ドラマ

ここが見どころ

[サムソンとデリラ]のセシル・B・デミルが製作ならびに監督したテクニカラー海洋活劇1942年作品。サタディ・イヴニング・ポスト連載のセルマ・ストレイベルの原作にもとずいて「愛と血の大地」のアラン・ルメイ、「征服されざる人々」のチャールズ・ベネット、「激情の断崖」のジャネット・ラスキー・ジュニアの3人が脚色した。撮影監督は「ダニー・ケイの天国と地獄」のヴィクター・ミルナーと「印度の放浪児」のウィリアム・スコール、特殊撮影はゴードン・ジェニングス、W・L・ペレイラ、ファーシオット・エドワード、作曲は「旅愁」のヴィクター・ヤングが夫々担当する。出演は「大時計」のレイ・ミランド、「硫黄島の砂」のジョン・ウェイン、「北西騎馬警官隊」のポーレット・ゴダード、「ネブラスカ魂」のロバート・プレストン、「愛と血の大地」のスーザン・ヘイワード、「ダラス」のレイモンド・マッシー、その他リン・オヴァーマン、ウォルター・ハムブデン、コラムニストのヘッダ・ホッパーらである。

「絶海の嵐」のストーリー

1840年、弁護士のキング・カトラー(レイモンド・マッシー)は弟のダン(ロバート・プレストン)を使って、フロリダのキーウェストを中心に貨物船を難破させ、積荷の引き揚げを請け負って暴利をむさぼるという悪事を働いていた。ある日、ジャック・スチュアート(ジョン・ウェイン)船長の貨物船「ジェビリー」号がカトラー一味のため難破し、ジャックは負傷してクレイボーン家の娘ロキシー(ポーレット・ゴダード)にたすけられ、それが縁で2人は恋に落ちた。ロキシーは父の死後、稼業の難船の積荷引き揚げを受け継いでやっている男まさりの娘だったが、ジャックが船を難破させた責任を悩んでいたので、彼女はジャックの船会社の社長デヴェロウに会いに出かけた。ロキシーは社長がすべてを任せている弁護士スチーヴン・トリヴァ(レイ・ミランド)にとり入ることに成功した。スチーヴンは彼女に一目惚れして求婚したが、ロキシーははねつけた。スチーヴンは、ジャックを首にしようとする社長を説き伏せて、彼を新造船「南十字星」の船長に推し、その辞令を持ったままカトラーの罪状を発きにキー・ウエストに向かった。スチーヴはカトラー一味に襲われ、これを知ったロキシーとジャックは駆けつけて救ったが、スチィーヴの持っていた辞令を見たジャックは、誤解して却ってバトラー一味とグルになり、ハヴァナに向かい、「南十字星」に貴重な積荷を満載して出航した。ジャックは1度乗船を断ったダンの許婚ドルシラ(スーザン・ヘイワード)が船艙に忍び込んだことを知らなかった。船は予定どうり座礁して沈没した。その責任を問う裁判が開かれたとき、ドルシラの乗っていたことが判り、ジャックとスチーヴンは海底に潜って彼女の死骸を発見した。その時大蛸が現われジャクは死んだ。海上に上がったスチーヴンはカトラーに射たれようとして逆に彼を射殺し、ロキシーと結ばれた。

「絶海の嵐」のスタッフ・キャスト

スタッフ
キャスト役名

「絶海の嵐」のスペック

基本情報
ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1942
公開年月日 1952年7月14日
製作会社 パラマウント映画
配給 パラマウント日本支社
レイティング
カラー/サイズ カラー

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安井昌二(2014)

小梅姐さん

「炭坑節」や「黒田節」など多くの民謡をヒットさせ、NHK紅白歌合戦でも美声を聞かせた芸者出身の歌手・赤坂小梅の生誕100周年を記念して製作されたドキュメンタリー。生まれ育った筑豊や芸者修行に励んだ北九州など彼女ゆかりの地を訪ね、数々の記録映像や関係者へのインタビューを交え、歌一筋に生きた彼女の生涯に迫る。監督は『ハイビジョンふるさと発~有明海に生きるカメラマンの物語~』などのドキュメンタリー番組を数多く手掛けた山本眸古。ナレーションを「悪名」の水谷八重子、作曲・音楽アドバイザーを「上方苦界草紙」の本條秀太郎が担当した。赤坂小梅。本名、向山コウメは明治39年(1906)年4月、福岡県川崎町に9人兄姉の末っ子として生まれる。16歳の時に自ら芸者を志し北九州の置屋「稲本」に。通常1年間の芸者修行を3ヶ月でこなし、1年で芸者デビュー、“梅若”を名乗る。昭和4(1929)年、九州一円の民謡研究のため小倉を訪れていた野口雨情、藤井清水らに認められ、レコードデビューを果たし、同6年に上京。同8年、コロムビアから発売した「ほんとにそうなら」が大ヒット。以来、端唄、舞踊小唄などを含め、多くの流行歌や民謡をレコーディングしヒットさせた。NHK紅白歌合戦にも4回出場、その豪放磊落な性格から多くの文化人や政・財界人などに愛され、大衆から支持された。酒豪でも知られ、恰幅のいい体型が特徴的だった彼女は昭和56(1981)年4月、75歳で引退。晩年は民謡の普及や福祉活動に勤しみ、平成4(1992)年1月17日死去。享年85歳であった。

楳図かずお恐怖劇場 まだらの少女

人の憎しみが生み出す蛇の呪いの恐怖を描いた中篇ホラー。監督は「恋する幼虫」の井口昇。楳図かずお原作の同名コミックを基に、「ホラ~番長 稀人」の小中千昭が脚色。撮影を「着信アリ2」の喜久村徳章が担当している。主演は、「Last Quarter 下弦の月」の中村有沙と「TRICK  劇場版」の成海璃子。尚、本作は「楳図かずお恐怖劇場」の中で、「ねがい」と2本立公開された。楳図かずおデビュー50周年作品。