囁きの木蔭(1940)

ささやきのこかげ
製作国
アメリカ

ジャンル
ドラマ

ここが見どころ

「武器よさらば」等のライターであり現在製作者になっているベンジャミン・グレイザーが、ジョン・S・トルディと共作した原作を、「熱砂の秘密」の、ビリー・ワイルダーとチャールズ・ブラケットが脚色、「情炎の海」のミッチェル・ライゼンが監督した1940年度作品で製作は「ガス燈」のアアサア・ホンブロウ・ジュニア、撮影は「欲望の砂漠」のチャールズ・ラング、音楽はヴィクター・ヤングが担当する。「ひばり」のコンビ、クローデット・コルベールとレイ・ミランドを中心に、デニス・オキーフ、ウォルター・エイベルらが共演。

「囁きの木蔭(1940)」のストーリー

1939年夏、内乱スペインのフランコ側監獄に入っていたアメリカ航空士トム・マーティン(レイ・ミランド)は、「妻の嘆願によって」釈放された。独身の彼は首をかしげたが、出てみるとそれは、彼の記事取りにやって来たアメリカの通信記者オーガスタ・ナッシュ(クローデット・コルベール)の策略なのであった。ばれないうちにと、二人はフランスへ逃げ出しかくてパリでの幾日かの交際をつづけるうちに、彼はすっかりオーガスタにのぼせてしまった。やがて彼女はベルリン勤務を命ぜられ、そうそうにパリを旅立ったが、追いかけて来たトムに口説かれて、コンピエーニュの森で短い閑暇を遊ぶことになった。今は彼女も人1倍彼を愛し始めたものの、その最後の日ナチはポーランドに侵入、二人は仕事を捨ててアメリカへ逃げ帰ることにした。しかし船はUボートに撃沈され、任務への情熱をかきたてられたトムは早速英国空軍に投じた。オーガスタも仕事に帰り、ヨーロッパ中を飛びまわって、幾月かが過ぎた。フランス降伏の日、調印式のため再び懐かしのコンピエーニュの森に派遣されて来たオーガスタは、通信員に化けてやって来たトムにめぐり合った。戦闘で片腕を利かなくしたトムは、残る腕で彼女を抱きしめながら、今こそ帰国してアメリカの人にヨーロッパの悲劇を伝える時が来たと囁くのであった。

「囁きの木蔭(1940)」のスタッフ・キャスト

スタッフ
キャスト役名

「囁きの木蔭(1940)」のスペック

基本情報
ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1940
製作会社 パラマウント映画
配給 セントラル
レイティング

「囁きの木蔭(1940)」のみんなのレビュー

「囁きの木蔭(1940)」のレビューを書く

映画専門家レビュー

今日は映画何の日?

NEW今日命日の映画人 3/3

安井昌二(2014)

小梅姐さん

「炭坑節」や「黒田節」など多くの民謡をヒットさせ、NHK紅白歌合戦でも美声を聞かせた芸者出身の歌手・赤坂小梅の生誕100周年を記念して製作されたドキュメンタリー。生まれ育った筑豊や芸者修行に励んだ北九州など彼女ゆかりの地を訪ね、数々の記録映像や関係者へのインタビューを交え、歌一筋に生きた彼女の生涯に迫る。監督は『ハイビジョンふるさと発~有明海に生きるカメラマンの物語~』などのドキュメンタリー番組を数多く手掛けた山本眸古。ナレーションを「悪名」の水谷八重子、作曲・音楽アドバイザーを「上方苦界草紙」の本條秀太郎が担当した。赤坂小梅。本名、向山コウメは明治39年(1906)年4月、福岡県川崎町に9人兄姉の末っ子として生まれる。16歳の時に自ら芸者を志し北九州の置屋「稲本」に。通常1年間の芸者修行を3ヶ月でこなし、1年で芸者デビュー、“梅若”を名乗る。昭和4(1929)年、九州一円の民謡研究のため小倉を訪れていた野口雨情、藤井清水らに認められ、レコードデビューを果たし、同6年に上京。同8年、コロムビアから発売した「ほんとにそうなら」が大ヒット。以来、端唄、舞踊小唄などを含め、多くの流行歌や民謡をレコーディングしヒットさせた。NHK紅白歌合戦にも4回出場、その豪放磊落な性格から多くの文化人や政・財界人などに愛され、大衆から支持された。酒豪でも知られ、恰幅のいい体型が特徴的だった彼女は昭和56(1981)年4月、75歳で引退。晩年は民謡の普及や福祉活動に勤しみ、平成4(1992)年1月17日死去。享年85歳であった。

楳図かずお恐怖劇場 まだらの少女

人の憎しみが生み出す蛇の呪いの恐怖を描いた中篇ホラー。監督は「恋する幼虫」の井口昇。楳図かずお原作の同名コミックを基に、「ホラ~番長 稀人」の小中千昭が脚色。撮影を「着信アリ2」の喜久村徳章が担当している。主演は、「Last Quarter 下弦の月」の中村有沙と「TRICK  劇場版」の成海璃子。尚、本作は「楳図かずお恐怖劇場」の中で、「ねがい」と2本立公開された。楳図かずおデビュー50周年作品。