6人の監督が語る「持続可能な映画界を目指して、の第一歩」

是枝裕和、諏訪敦彦、岨手由貴子、西川美和、深田晃司、舩橋淳の6人が、3月18日、映画監督有志の会として連名で発表した、「私たちは映画監督の立場を利用したあらゆる暴力に反対します。」という声明に、映画業界の内外から多くの反響が寄せられているという。(声明はこちら

映画監督有志の会の6人は、最近明るみになった、ハラスメントや性暴力などの問題について取り組むことも含めて、持続可能な映画界を構築していくための活動の昨年より行ってきた。

『キネマ旬報』3月下旬特別号に掲載した、監督有志の会6名全員が参加した座談会を、キネマ旬報WEBでも期間限定で公開する。

 

 

「日本版CNC(※1)」は可能か

座談会:是枝裕和/諏訪敦彦/岨手由貴子/西川美和/深田晃司/舩橋淳
構成・文:渡邊玲子

2020年4月、コロナ禍によって映画館にも営業自粛要請が広まり、ミニシアターは休業を余儀なくされ、映画の制作延期や中止によって映画界で働く多くの人々が、仕事ができない状況に陥った。有志によるSAVE the CINEMAやWe Need Cultureの運動、ミニシアターを支援するクラウドファンディング「ミ二シアター・エイド基金」には予想を超える支援金が集まったが、22年、コロナ禍は続き、映画界のみならず経済活動はいまだ戻っておらず、さらに物価高ともなり、仮にコロナが収束しても経済状態は先が見えない。
さて、ここまでシリーズ化すると思わなかったキネマ旬報誌の「映画と生きる」も3年目に突入してしまった。コロナ禍を乗り越えた後も見すえて、さらに「映画と生きる」を深く模索していかねばならないと思うなかで、以前取材に応じていただいた諏訪敦彦監督から「持続可能な映画界を構築していくための活動が本格始動している」との知らせが。諏訪監督の呼びかけにより、今回、6人の監督がリモートも介して一堂に会した。それぞれの監督がまる2年の間に思い考えてきたこと、共通して“危機”ととらえている「今後の映画界」の在り方、“進化”に向けての思いを語っていただいた。

 

■危機感を共有できるか

諏訪敦彦
このメンバーには特に決まった名称もなく、それぞれ違う経緯で合流したんです。“SAVE the CINEMA”(以下STC)では署名を集めて省庁に支援を要請してきましたが、コロナ禍以前から、フランスのCNCがいかに映画界全体を守り、持続可能なシステムを作っているかを肌で感じていた僕としては、「なぜこれを日本に作れないのか」という素朴な疑問があった。コロナが起きてこれまで先延ばしにしてきたさまざまな問題が顕在化したことで、日本にも映画業界全体で恒常的に支え合うシステムの必要性を実感するとともに、他の多くの国にも映画の独立した機関があるのに日本にだけないことに驚いて、「日本版CNC」の発足を目指すことにしたんです。業界内部で議論を進めるために昨年1月に簡単な提言書にまとめたところ、山田洋次監督や役所広司さん、坂本龍一さんをはじめとする多くの映画人から賛同を得て、それを持って我々は松竹・東宝・東映・角川映画の映画製作配給大手4社が構成する業界団体、日本映画製作者連盟(以下、映連)に働きかけを開始しました。現在も月に一度のペースで映連との話し合いを継続中で、日本の映画界における持続可能なシステムづくりを実現すべく、具体的な方法を探っている状況です。

深田晃司
2020年にコロナ禍の緊急施策として実施したクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」では、およそ3万人の映画ファンから3億3000万円もの金額が全国のミニシアター支援のために集まりましたが、118館で分配すると1館あたり300万円ほど。数カ月しのぐのがやっとです。クラウドファンディングはあくまで一時的な応急処置でしかなく、次は日本版CNCのようなより恒常的なシステムが必要というのは濱口竜介監督をはじめ、ミニシアター・エイド基金のメンバー共通の思いで、賛同していただいています。

舩橋淳
諏訪さんと共にSTCや「WeNeedCultureー文化芸術復興基金をつくろうー」で助成金を求める活動を行ってきましたが、省庁要請に行くたび「それは映画業界の総意なのか」と聞かれるんです。韓国にもKOFIC(※2)といった映画業界を統括する機関があり、業界で働く人たちの生活基盤を支えている。日本にも海外と同じように映画業界を統括し支える保護システムが求められていると感じ、映連に提案書を持ち込んだところ、映連側も近い問題意識を持っていたことがわかりました。撮影所システムが解体し1958年に11億人いた観客数が1億人程度まで落ち込んでいるいま、経済的な面だけでなく人材育成の面から考えても時代に即したインフラ作りが必要だと感じています。

諏訪敦彦
僕らがロビー活動を行う一方、是枝さんは当初から、国に対してではなく、映画業界内部の問題として映連に働きかけていくべきだと考えて、独自に動かれていたんですよね?

是枝裕和
CNCをモデルに、興行収入の一部をプール。それをベースにセーフティーネットを作って、業界内で労働環境の整備や人材育成にお金を循環させていく仕組みを持つべきではという提案メモを映連の岡田(裕介・東映会長)前会長のところに持っていったのが、岡田さんが亡くなる少し前で。会長が島谷(能成・東宝社長)さんに代わった際にも概要をお話ししたんです。その後「独立映画鍋」に参加して皆さんの問題意識に触れ、「実は僕もこんなことを考えているんだ」とすり合わせるなかで、映連への橋渡しを買ってでた感じです。あえて意図的に口を滑らせますけど(笑)、舩橋さんの話に映連と問題意識を共有しているとあったけど、僕らが感じているほど向こうは危機感を持っていない。緊急事態であるという認識がそこまでないし、原資が確保できない限り改革は難しいのだということが、この一年動いてみて身に染みました。とはいえ皆それぞれ作品作りで忙しいなか集まって、映画産業の発展のために、当然ながら無償で活動しているわけで、何かしら形にならないともったいない。そんな動きになればいいなあと、個人的には思っています。

■日本映画界は“働きやすいか⁉”

西川美和
私がこの業界に入ったのは1990年代後半で、日本映画は斜陽産業だと言われていた時代です。沈みゆくマグロ漁船に白ら志願して乗ったんだから、性別を考慮して労働環境を変えてくださいと訴える発想すらなくて、監督になった後も頑張って良い作品を作ることが自分の役目だと信じてきたところがあるんです。長時間労働で十分な睡眠時間が取れずに追い詰められて、メンタルが壊れていく若い人たちも目にしてきましたが、どこかでそういう業種だから仕方がないと諦めていた。でもコロナで、一度何もかもが止まって周りを見回したとき、キャリア25年以上のスタイリストが郵便局で仕分けのバイトを始めたり、フリーランスが申請できる給付金があることをアナウンスしてくれたりする組織やつながりすらないことに自分が一番驚いて。自分は自分のやり方でやる、と頑なになって、STCやミニシアター・エイド基金からも声のかかるような人間関係も築かずきてしまったことに途方に暮れていたときに、オンラインで岨手監督たちとお話しする機会があって。皆同じようなことを考えながらも、それを話せる機会もなかったのだとわかり、何かできることはないかと是枝さんに相談して、昨年末から参加させてもらうことにしたんです。

岨手由貴子
私は西川さんからこの会を教えてもらって参加しています。私には子どもが二人いるのですが、「あのこは貴族」の公開時の取材で「子育てしながらどうやって監督をやっているんですか?」と聞かれることが多く、シンポジウムでも何度かお話したんです。およそ1年半前に第二子を出産したのですが、第一子を産んだときに仕事がパタリと来なくなった経験から、周りには黙っていました。ちょうどコロナ禍で打ち合わせもリモートだけだったのでお腹が大きいことを隠し通せて、出産後半年くらい経って初めてプロデューサー陣に打ち明けたら、皆に驚愕されて。ネタとしては面白いんですが、取材やシンポジウムで話せば話すほど「映画業界の労働環境を変えなくても、やる気さえあれば産めます」と言っているような気がして、どこか引け目に感じていたんです。性別関係なく業界で働く若い人たちが健康的で文化的な生活を送ることが、長い目で見ると映画の豊かさにつながるし、そのために自分も動いていかないといけないと思うようになりました。

諏訪
僕がコロナ前にフランスで撮影したときは、メインスタッフの8割が女性でしたが、現状、日本ではなかなか難しいですよね。

西川
「すばらしき世界」の現場は4割5分ほどが女性スタッフでしたが、技師に上がれるまで続けているのは、ヘアメイクやスタイリスト、記録など、伝統的に女性が担ってきた職業が中心で、30歳を境に結婚や妊娠で自ら退いていく女性が多いのは事実です。また長く続けている女性スタッフは非婚率、子供がいない率が圧倒的に高い。自分もそうなので個人の人生選択かと思い込んできたけれど、それが今後も定型的であり続けるとしたら本当にまずいと思います。

是枝
僕もフランスと韓国で実際に映画を撮って、あまりにも労働環境が日本と違うことに驚いた。シングルマザーやさまざまな事情を抱えた人たちが子育てしながら映画の現場で働き続ける状況を日の当たりにすると、日本はだいぶ遅れているなと感じざるを得ないよね。

深田
僕は2010年ごろに『映画芸術』のWEBサイトで執筆していた「映画と労働を考える」というシリーズのなかで、CNCのことを紹介しました。その背景として、自分は20歳くらいで映画業界に飛び込んで、照明部や装飾部の助手なども経験したのですが、ほぼ1週間連日徹夜の撮影が続いたり、装飾部のときには罵倒や殴る蹴るの暴力を受けるという極めて劣悪な環境で。当時はそれが当たり前だと思っていたんですが、海外や演劇の事例を知るにつれ、日本の映画業界が普通ではないことに気付いたからです。映画業界はフリーランスで働く人が多く、一度キャリアが断絶すると元のポジションに戻れない人もいる。自分も含めこの業界で長く働けている人たちは、個人の努力や才能だけではなく、能力があっても去らざるを得なかった人より恵まれた環境にあったであろうことも自覚しなければいけないと思っているんです。

■日本版CNCが目指すもの

諏訪
日本版CNCで目指すべき内容は、大きく分けると4つあります。労働環境の改善と未来の観客と映画人材の育成、さらにはSTCや「ミニシアター・エイド基金」で行ってきた配給や上映に関わる流通に対する支援、そして作り手に対する支援。メジャーもインディペンデントも区別なく、業界全体が持続可能な仕組みを作ると同時に、文化芸術の多様性も守っていく。労働環境の問題については経済産業省の主導で作成した報告書に基づき、業界としてどう取り組むべきかいままさに話が進められていますが、多様性を守るという視点がそこには欠けている。フランスでは厳しい労働基準が設けられている一方で、商業的な成功が見込めない映画に対する支援も手厚いために、多様性も担保されている。日本にも両方の視点がないといけないと思うんです。

舩橋
近年映画を作る現場も見せる映画館も痩せ細っていくだけの状況で、コロナ禍がそれを加速させました。岩波ホール閉館の報せは衝撃でした。日本の映画界全体が地盤沈下している。黄金期といわれる時代に溝口が、小津が、成瀬がしのぎを削り傑作を毎年作っていたのは、背後に各々ちゃんと機能し多くの労働者の生活を支えるスタジオがあったから。いま、配信など次世代メディアを含めて労働環境インフラを整え、統括する機関をつくる時期だと思う。韓国では映画人たち主導でシステム構築をしてきた歴史があり、「KOFICはちゃんとしていてすごいね」と言うと「自分たちは交渉して権利を勝ち取ってきたんだから、そんなに簡単に言わないでくれ!」と怒られる。僕らはこれまで何もしてこなかった。いまこそ声を上げなければいけないと思っています。

深田
日本映画界は2000年代以降の派遣労働問題を半世紀早く先取りしていたと思うんです。撮影所システムの崩壊後も業界にまだ余裕があった頃は給料も高かったけど、フリーランスに対応した制度設計が何もなされないまま、低予算化がみるみる進んでしまった。今の映画業界はそもそも人間にとって働きにくい場所で、結果として若い人や女性など立場の弱い人たちに大きなしわ寄せがいっている。アップリンクの件など僕の知る限り実名でハラスメント被害を訴えた人の多くが、この業界に絶望して去っている現実も忘れてはならない。自分自身の反省も含めて、そういった人たちを一人でも減らすために何ができるのか。日本版CNCの担える役割は大きいです。韓国では公費で賄えるからほぼすべての現場でハラスメント講習が行われていますが、日本ではまだ経費がネックになり、やるかやらないかでまた議論になってしまいます。

是枝
この流れで来年以降、経産省の主導で映画業界に働き方改革が導入されると、経済効率が悪いという理由だけで、これまで日本映画の多様性を支えていた小規模作品が製作できなくなるのは火を見るよりも明らか。いまここで連帯して闘わないと簡単に押し切られてしまう。10年、20年先を見越して動くために映連のような組織があるわけだから、何とか重い腰を上げてほしいという思いは変わらずありますが、多様性とか持続可能性といった価値観を映連に共有してもらうのは本当に難しい。

諏訪
「こんなはずじゃなかった」というようなことがいままさに進行している気がして、芸術文化の多様性は声を上げなければ守られないと改めて感じています。日本の映画界はまず大手配給会社が動かなければ何も動かないところがあるので、そこに働きかけつつ、業界の人たちが同じ問題意識を共有していくことが最優先。持続可能な映画ビジネスを考えるのは企業の論理としてあり得るし、10年後の観客を増やすための施策を考えることでいまとは違った未来が見えてくるはずです。

■まずは、ハラスメントの認識から

是枝
配信会社の人たちの方が、10年後20年後の映像産業がどうあるべきかという視野を持っている。現場の人間が肌で感じる危機感が業界全体に共有されていないのが、僕らが先に進めない一番の原因だと思います。これは映画業界に限った話ではないけれど、若い頃の成功体験から離れられずに非常に狭い視野で「自分たちの世代は勝ち逃げできた」と考える人たちがトップにいるからだと思う。「セーフ! 俺たちは何とか逃げ切った」と思ってる。

深田
「上の世代の人たちは何もしてくれない」と、ひねくれた思いを抱きそうになるなかで、こうして是枝さんや諏訪さんと話せて「そんなことはなかった」と思えたことがうれしいです。自分も含めて生存バイアスを漫然と肯定していてはいけない時期にきていると思います。フランスには芸術労働者向けの失業保険制度もあるから、コロナ禍でも月に23万円近く補償されていた。サルコジ政権下で受給資格が制限されそうになったときは、彼らはストやデモによって反対したわけです。結局は自分自身のためだけでなく自分以外の人のために少しでも動けるかという考え方が大事になってくると思うんです。

是枝
韓国には「自分たちの手で軍事政権を変えてきた」という歴史もあるから、何に対しても「変えられないものはないはず」というエネルギーが基盤にある気がするけど、我々にはそういう経験がない。「フランスや韓国をうらやましがっている場合じゃないだろう」と、本来僕や諏訪さん世代は下の世代から怒られなければいけない。

諏訪
省庁要請を通じて活動するなかで、少しずつではあっても変わってきたという手ごたえはあるんです。まずはハラスメント講習をそれぞれの座組みが受けられるようにするだけでも、何かしらの変化をもたらすことができるんじゃないかと考えているところです。

西川
私はまだ受けたことがないのですが、なぜそれがハラスメントにあたるのか、現場のスタッフが納得するような形になっているのかは気になりますね。

岨手
私は個人的にLGBTQやジェンダーについて学ぶ講座を受講しているのですが、誰かを傷つける言葉を禁句として覚えておくだけではなく、背景から学ぶことも重要だと思いました。俳優部も労働環境を守るために動き始めているなかで、監督も率先してやらなければいけないと思っています。

諏訪
演出する立場の監督自体が権力者であり、俳優の立場では声を上げにくいからこそ長年この問題が温存されてきたわけで、内情が周知されはじめたいま「変わらなければ」という認識を業界全体で持たないと、声を上げた人が叩かれる状況が起きてしまう。だからこそみんなで話し合って問題意識を共有しながら連携していく必要があるんです。

是枝
僕自身も役者に対してなるべくオープンにしてストレスをかけないようにしなきゃと思いながら演出をしていますが、日本の制作現場にはある種の共依存関係を作ることが演出の一部だと考えている監督やそれを求める役者もいるから、なかなか踏み込みにくい。それこそ監督が集まって話すような話ではなく映連が主導してやるべきことだと思うけど、古い体質の共依存関係をベースにした演出を見直す時期にきているのは間違いない。リスペクトトレーニングはある種の歯止めにはなるけど、まだまだ改善の余地もある。個人的には「こうしておけば訴えられたときに負けません!」という視点に違和感を覚えたし、1時間の講習をスタートとして考えて、現場でどう血肉化していくか考えないと意味がない。韓国ではパワハラやセクハラが現場で起きたら一発でレッドカードになるから、3カ月の撮影期間中、少なくとも上の立場の人が下の立場の人を怒鳴ったことは一度もない。ここ5年、10年で起きた圧倒的な変化だそうで、「ちゃんと食べて、寝て、休めれば、人は怒鳴らない」と韓国人スタッフが話していました。労働環境が改善されるだけでパワハラも少なくなる気がします。

深田
現場で監督は守られがちなので、その裏でスタッフや俳優がどんな苦労をしているか想像が及ばないことが多いと実感します。反省も多いです。俳優含め現場スタッフが何を苦しいと思い、何を嫌だと感じているのか汲み取れるような仕組みも必要だと感じています。ハラスメントの問題を語るうえで感じるのは、共通認識を持つことの難しさ。僕はプロデューサーにはまず「怒鳴らない、殴らないスタッフにしてください」とお願いしています。何を嫌だと思うかは人それぞれ違うから、立場が上の人はギリギリを狙わずもっと手前でブレーキをかけてほしい。作品ごとに集まって解散することが多い日本の映画製作の現場においては、講習を通じて共通のリテラシーを持つことが重要になると思います。監督のみならずプロデューサーやスタッフ、俳優一人一人が、どうすれば業界を改善できるか、意欲や能力がありながらも業界に絶望して去る人をどうすれば減らせるのか、みんなが自分ごととして考えていかなければならない。韓国の映画雑誌はハラスメント問題も積極的に扱う印象がありますが、日本は業界外の新聞や週刊誌しか取り上げてくれないという不満を耳にすることも多い。まずはこの座談会が業界全体の問題を考えるきっかけになればと思っています。

岨手
映画業界は傍から見るより多種多様な人で成り立っていて、制作現場や配給宣伝含め、「こういうものだから」と見過ごされてきた問題が各部署にある。そうしたなかで、それぞれが自省して改善していく段階にきている。「そのうち誰かが改善してくれるだろう」と先送りにしてきた結果が、いまの状況につながっているのではないかと感じています。

■「いい仕事」だと胸を張って言えるように

諏訪
僕はフランスで映画を作るなかで、10年後の観客を育てるための映画教育の重要性も改めて実感するようになりました。映画が作り手から観客に届くまでの問にはいくつもの重要な要素があって、そのどれか一つが欠けただけでも成立しなくなる。そのチェーンのすべてを支えていかなければいけないという認識を持つことの必要性を感じています。

深田
先日、フランス郊外のミニシアター館主の方にヒアリングさせていただいたのですが、彼らはコロナ禍でおよそ400万円、平時でも年に150~200万円の助成金を得ているという話を伺いました。映画に限らず、誰もが世界各国の文化や芸術に触れられる機会を社会が準備し維持することがどれだけ重要なことなのか。映画が人間性を豊かにするかどうかはともかく、多様な表現に触れられるのは人間の基本的な権利であるから守らなくてはいけない、そういう覚悟を欧米の制度からは感じます。

西川
映画監督を始めて20年近くになりますが、「医療事務の資格でも取ってこの業界から早く去らなきゃ」とぼやいては、是枝監督に「まあ、そう言わずに頑張れよ」となだめられ、なんとかやってきた。映画を作れば作るほど「面白くてたまらない!」と感じる一方で、映画の仕事に興味を持った学生たちにどう希望の灯をつないでいいのかわからず「やめておいたほうがいいよ」と即座に言ってしまう自分がいる。「いま自分たちが変えていかなければ本当にもっと悪くなるだけだ」という自覚のもと、監督たちがこうして集まって話しているのは一つの光明だと思います。私自身何ができるかこれから少しずつ考えますが、映画業界を希望する若い人たちに「すごくいい仕事だからぜひトライしてよ!」と胸を張って言えるような場所にしていきたいとようやく思うようになりました。

岨手
ここ一年ほど、大先輩方と同じテーブルでお話をさせていただく機会を通じて、個人的にも新たな地表が見えてきて。「自分よりもっと若い世代につながなければ」という責任感も徐々に芽生えるようになりました。私のような若輩者の立場であっても「自分はデビューできたからいい」ではなくて、さらに若いスタッフに「自分も監督になりたい」「次の現場も続けたい」と言ってもらえる現場にしていきたいです。

舩橋
小さな映画でも大きな映画でも横断的に支えるシステムを考えられないかと思います。CNCでは、企画・製作・配給・上映・ビデオ配信・海外プロモーション・アーカイブ化のすべての段階で自動助成と選択助成の二つのスキームできめ細かい支援を構築している。アートハウス映画はアール・エ・エッセイ(芸術的・先進的な映画)として認定する評価機関を設け、そんな映画をかける映画館と共に専用の助成枠がある。つまり、商業映画もアートハウス映画も、それぞれ価値が担保されるような仕組みを統括してゆくことが、ひいては映画を守ることにつながっているんです。

是枝
映画って、純粋な芸術でもなければただのビジネスでもなくて、いろんな側面があるから面白いはずなのに、今はその二つが乖離してしまっている気がする。ここ5年か10年くらいのあいだで、「映画業界という一つの経済の仕組みのなかで、自分は映画という豊かなものに食わせてもらっていて、そこに何かしら寄与できているという実感を自分でも持てるようにしたい」と考えるようになりました。「こんなことを考えているのは自分ひとりじゃない」と感じられるだけでもこの時間はとても豊かではありますが、いずれ結果に結びつけなければと思っています。今後ともよろしくお願いします。友達でいてください(笑)。

諏訪
ここ数年、日本で起きた社会と芸術文化の軋礫はさまざまな問題をあぶり出している気がします。今の日本社会は地表になっている果実にしか興味がないけれど、収穫物はそれを育てる土地の豊かさによって変わってくるわけで、芸術文化にとって必要となるのは、いかに肥沃な土地にするかという発想なんです。賢い農家なら真っ先にそれを考えるはずなのに、こと芸術や教育の分野においては発想自体がやせ細ってしまっているんですよね。CNCやKOFICは国立の機関ですが、国庫にある税金は使わずに映画料金から税金を徴収し、放送局の広告収入の一部も含めて、映像業界の内部だけで賄うシステムを作りあげている。多様性を失うことなく持続可能な映画作りの仕組みを実現していくためにも、まずは業界内に情報を周知しながら、日本版CNCの発足に向けて一歩ずつ前進していこうと思います。

是枝裕和 Hirokazu Koreeda
1962年、東京都出身。近年の監督作に「万引き家族」(18)「真実」(19)。最新映画「ベイビー・ブローカー」が2022年公開予定。22年配信予定のNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』で総合演出を務める。5月6日公開の「マイスモールランド」ではプロデューサーを務め、映像制作会社で映像作家の共同体「分福」を率いている。

 

諏訪敦彦 Nobuhiro Suwa
1960年、広島県出身。近年の監督作に「ライオンは今夜死ぬ」(17)「風の電話」(20)。2002年、文化庁新進芸術家在外研修員としてパリに留学。同年東京造形大学に着任、08~13年まで学長を務め、現在は東京藝術大学教授。2020年4月、コロナ禍によるミニシアターへの緊急支援を求めるSAVE the CINEMAの中心メンバーとして活動中。

 

岨手由貴子 Yukiko Sode
1983年、長野県出身。石川県在住。大学在学中からENBUゼミナール映画監督コースに学び、自主映画がぴあフィルムフェスティバルや水戸短編映像祭に入選。09年、ndjcで「アンダーウェア・アフェア」を制作。15年、「グッド・ストライプス」で商業映画デビュー。最新作「あのこは貴族」(21)が話題に。4月21日から全世界配信される、テレビ東京×Netflix連続シリーズ『ヒヤマケンタロウの妊娠』で脚本を担当。

 

西川美和 Miwa Nishikawa
1974年、広島県出身。大学在学中より、是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」(99)にフリースタッフで、諏訪敦彦監督の「M/OTHER」(99)に助監督で参加。02年「蛇イチゴ」で監督デビュー。近年の監督作に「永い言い訳」(16)「すばらしき世界」(21)。近著に小説『永い言い訳』、エッセイ『スクリーンが待っている』など。分福に所属。

 

深田晃司 Koji Fukada
1980年、東京都出身。05年、「ざくろ屋敷」で監督デビュー。最近の監督作に「よこがお」(19)、「本気のしるし〈劇場版〉」(20)など。20年、コロナ禍におけるミニシアター支援のためのクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」発起人の一人。2021年5月までNPO法人独立映画鍋の共同代表を務める。最新作「LOVELIFE」が今秋公開予定。

 

舩橋淳 Atsushi Funahashi
1974年、大阪府出身。大学卒業後、ニューヨークで映画制作を学ぶ。アメリカで「echoes」(00年製作)「ビッグ・リバー」(05年製作)を監督。帰国後「フタバから遠く離れて」(12)「ポルトの恋人たち 時の記憶」(18)などを発表。最新作「ある職場」が3月5日公開。SAVE the CINEMA、We Need Cultureの中心メンバーとして活動中。

 

※1
CNC[Centre national du cinéma et de l'image animée]=(フランス)国立映画・映像センター
1964年に発足した文化省に属し、映画の規制、映画・映像産業への支援、宣伝、映画遺産を保護するフランスの政府機関。財源は、自動徴収される税金で、映画入場料の10.7%(チケット税)、テレビ局の総売上げ(公共テレビも含む)の5.5%、ビデオやDVDの総売り上げの2%。年間予算は約800億円。支援対象は、映画だけでなくゲーム、ビデオなど映像作品全般で、制作、配給、興行会社等に、売上高に応じて還元される。
参考:CNC[https://www.cnc.fr/]

※2
KOFIC[Korean Film Council]=韓国映画振興委員会
1973年創設。映画製作、配給・流通の支援、海外市場の開拓や技術、人材育成を目的とした機関で、財源となるチケット税は入場料金の3%で年間予算は約400億円。2002年以後に国内のアート系、インディペンデント映画の製作、配給・上映を支援する施策がとられ、アート映画、またアート映画を一定期間上映する映画館「アートシネマ」に認定されれば、韓国映画上映日数規定の減数や、チケット税が免除される。
参考:KOFIC[https://www.kofic.or.kr/]
日本コミュニティシネマセンター『映画上映年間2018』

 

【参考資料】
① 日本・フランス・韓国の入場料/興行収入比較(2018年)
平均入場料金:日本(1315円)/フランス(867円)/韓国(677円)
興行収入:日本(2225億円)/フランス(1709億円)/韓国(1465億円)
観客数:日本(1.69億人)/フランス(1.97億人)/韓国(2.16億人)
スクリーン数:日本(3530)/フランス(5981)/韓国(2937)
興行/1スクリーン:日本(6303万円)/フランス(2859万円)/韓国(4990万円)
出典:コミュニティシネマセンター『映画上映活動年鑑2020』

② 日本映画界の働き方改革
経済産業省は2019年の映画制作現場実態調査で、フリーランスの取引や就業環境をめぐるさまざまな問題が浮き彫りとなったことで、21年4月に、映画制作現場の適正化に向けた方策を取りまとめる報告書を公表。報告書には就業時間(撮影・作業時間)は1日13時間以内で、超過した場合のインターバルや休日、週休1日程度の確保や、俳優と社員以外のスタッフと契約書面の交付、安全管理やハラスメントの相談窓口の確保等が盛り込まれた。
参考:経済産業省委託事業「映画制作現場の適正化に関する調査報告書」

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